Glenscape

高校受験する妹を全力サポートする兄の話(仮)

はじめに

概要

Twitter300字ss』で毎月ひとつ出されるお題に沿って更新される、気まぐれストーリーの掌編連作集。

このシリーズのタイトルはまだ決まっていません。

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主要人物紹介

大学二年生。溺愛する妹の高校受験を全力でサポートしたい。
中学三年生。少し背伸びをした志望校を受験するため、兄に家庭教師を頼んだ。

本編

合格鉛筆

「見て見て! 今度は五角形の合格鉛筆だよ」
 俺に勉強を教わりにきたはずの妹は、そんな予告をして参考書より先に筆箱を広げ始めた。受験生の彼女は最近、受験勉強そっちのけで合格祈願グッズ集めに熱を上げているようだ。もっとも、何かしら収集癖があるのは昔からだけど。
「あれ、それ本当に五角形か?」
「そうだよ。でも正五角形じゃないけどね」
 すでに短い鉛筆を受け取って端から見てみると、そのいびつな五角形は、まるで正六角形の頂点を一つ削り取られたような形をしていて―。
 はっと顔を上げた俺と目が合うと、彼女は視線にたまり兼ねたように舌を出してごまかす。
「ゆうべ思い付いてすぐやっちゃった」
「現実逃避をするんじゃない!」

お守りの効用

 お守りに鉛筆にチョコレート―。集めた合格祈願グッズを嬉しそうに並べる妹に、俺は呆れてしまっていた。
「あのな、グッズはお前の学力に何の作用もしないんだよ」
「またぁ、お兄ちゃんはドライなんだから。信じるものは救われるんだよ」
「そんな暢気なこと言ってると、足元を掬われるぞ」
「お兄ちゃんの意地悪。ちゃんと勉強だってやってますぅ」
 機嫌が悪くなるといちいち頬を膨らませる、可愛い妹。
「お守りってのはな、くれた相手の応援の心を思い出して自分の励みにするスイッチなんだよ。ちゃんと人からもらったものじゃないと」
 そう言って俺がポケットに手を入れた時―。
「大丈夫。それもちゃんと彼氏にもらった」
「何ィ、彼氏!?」

サクラサク

『合格! やったぁ!』
 そんなメッセージと、合格者番号一覧の写真。妹の高校受験は無事に成功を収めたようだ。俺も一安心して、合流地点まで歩を早める。
 先に待っていた妹が、満面の笑みで俺に両手を振る。まだまだ興奮は冷めないようだ。
「やったよ、お兄ちゃん。受かった!」
「あぁ、おめでとう」
「へへっ、ご利益あったね」
 そう言って彼女は鞄につけたお守りを示す。ご自慢の合格祈願グッズコレクションの一つだ。でも、ずっと勉強を見てやった俺の前で験担ぎの話はやめてほしい。
「実力だろ? あと俺の指導の良さな!」
 不満を悟られないようデコピンで茶化すと、彼女は急にしおらしくはにかんだ。
「そうだね……ありがと。お世話になりました」

お兄ちゃんのささやかなお祝い

 自身の高校合格を確認したばかりの妹と、二人で昼食に向かった。平日昼間の店内は静かで、喜びと興奮から饒舌な彼女のことを少しだけ気にかけながら席に着く。
「さて、改めて合格おめでとう。今日は好きなの頼んでいいぞ」
「わ、ありがとう。じゃあスイーツもいいの?」
 もちろん、やったぁ、と交わし、メニューを開く。
 実は、母からは千円ずつしかもらっていない。普段デザートまでは許されない我が家の外食一人分。だからこれはアドリブ。たとえ足が出たって、その分は大学二年オトナの俺からのささやかな合格祝いだ。
「私、一つに絞れないから、お兄ちゃんの分も二種類ずつ頼んでシェアしない?」
 えっ、俺は日替わりワンコイン定食でいいんだけど……。

彼女の道もローマに続く

「ね、お兄ちゃん。私の進路、間違ってないよね……」
 合格祝いのファミレスで妹がぽつりと尋ねた。妹は悩んだ末に、三つの学科から普通科を選んだのだった。
「それ、俺も前に父さんに聞いたことがあるな。父さんはさ、転職が多かったけど、得意科目とか趣味とかも多かったおかげで新天地にもすんなり馴染めたんだって。だから俺も、不正解なんかないと思って何でも手を出すようにしてる」
「へー、ただの飽き性じゃなかったんだね、お兄ちゃん」
 失礼な言葉に無言のデコピンを返して、先を続ける。
ことわざにもあるだろ『すべての道はローマに通ず』ってな」
「え、いきなり日本から出られないの?」
「そうじゃないって。諺を文字通り捉えちゃダメ!」

経験者の忠告

「少々お待ちくださいませ」
 そう言って端末を操作する係員の手元を、妹は硬い表情でじっと見つめている。真剣さと不安が入り交じる目付きは、受験勉強を見てやっていた冬の夜を思い起こさせた。それをそばで見ている俺は、少し呆れている。
 三月の終わり、気温は思った以上に上がり、コートの脱ぎ着が多かった。妹のはポケットが浅くて物が落ちやすそうだと、何度も注意しておいたのに。
―届いてますね。こちらで間違いございませんか」
 それは確かに妹の落とし物だった。二人で礼を言う。
「な、ここなら見つかるだろ?」
 すると駅員と目が合った。
「妹さん?」
「ええ」
「似てますね」
 それ……、顔じゃなくて物忘れの話? 俺のこと覚えられてる? 

お兄ちゃんの合格祈願

 今夜も妹の受験勉強を見てやっている。
 隣に座る俺の前、筆箱からお守りが下がっている。彼氏とかいうやつからもらったらしい「お守りはくれた相手の応援の心を思い出して自分の励みにするスイッチ」という言葉を俺が吹き込んでしまったために、勉強中の視界に入る特等席が与えられた。
 俺が渡した方のお守りは通学鞄につけられた。交通安全ではないのだが、他人の目に触れる場所を与えられたので良しとしよう。
「どうしたの、お兄ちゃん。ぼーっとして」
「いや、受験うまくいくといいなって」
 お守りを貰う方も貰って終わりではないが、渡した俺の応援の気持ちだって渡して終わりじゃないんだ。俺は背筋を伸ばして、妹の問題集を受け取った。

お兄ちゃんにできること

 勉強はしっかり見てやった。志望校には十分届く成績だってこの目で確認してるんだ。最近は集中力だってついてきて、よそ見をいちいち指摘することもなくなった。その上ダメ押しでお守りだって渡してある。扱われ方はまるで交通安全のそれだが、きっと妹を守ってくれる。
 ―他に何かできる? 
 ―もう十分だから。私の代わりに祈ってて。
 今朝のやりとりが頭から離れず、足が玄関へと向かった。
「そんなにそわそわして、どちらへ?」
「いやぁ、ちょっと神社の辺りまで散歩でもしようかと……」
 見透かされてるんだろうなと振り返る。案の定、母さんは呆れた顔で俺を見ていた。
「あんたねぇ、自分の受験の時は二回とも大した準備をしなかったくせに」

卒業式の後で

「なぁ、これまで集めた合格祈願グッズ、どうするんだ?」
 俺が尋ねると妹は、んーどうするかなぁ、とつぶやいて、合格祈願の五角形があしらわれた髪留めに手をやった。
「捨てることはないよね。基本的には気に入ったから、買って、使ってるんだし」
 確かに、その髪留めはそんなダジャレに頼らずとも実用的にかわいい。
「お兄ちゃんはどうしてたの?」
 俺は慌てて、んーどうだったかなぁ、ととぼけて見せた。
「卒業式の後でお守りを後輩にあげたくらいかな。次はお前の番だなって」
「ふーん……、それって女子?」
「なっ!?」
「男子が男子にお守りを、卒業式の後で。ちょっと想像できないなーって」
「できなくていいし、ほっとけ! もう忘れた!」

おみくじの期限

「そういえば、おみくじっていつまで取っといていいんだろう」
「ん? 取ってあるのか。受かったからもういいだろ」
「だけど、お世話になったし」
「それは俺が教えたおかげだろ?」
 それはそーだけどー、とあしらわれながら渡された白い紙。角はよれて、折り目は擦り切れそう。扱いに注意しつつ開いたら、大吉と書かれていた「学問 今始めれば大成。恋愛運は……っと、見なかったことにしよう。
「ぼろぼろだな。この二、三か月でよっぽど拝み倒したのか」
「ううん、これは去年の初詣で引いたやつ。今年のはちょっと引きが悪かったから、延長で頑張ってもらってた」
『いつまで取っといていいんだろう』の前に、選り好みをするんじゃない」

必要ならば神頼みさえ

 電車内に座って本を読む顔をふと上げると、そばに立つ高校生と目が合った。不思議そうに俺の本を見ていた気がして、何となく俺はそれを手で隠すように抱え直した。
 やはり、大学生が中学生の参考書を読むのは不自然だろうか。でも別に物好きで読んでる訳じゃ……いや、広い意味ではそうなのだろうか。
 そもそも今日の行動だって、行きの電車で散々自問自答したのだった。どうして俺は授業の合間を縫ってまで神社へ向かうのか。直接的には「受験する妹に渡すお守りを買うため」だけど、問いの本質は、どうしてそこまで―。
 いや、そんなの最初に決めたはずだ。できることは何でもしてやるんだって。
 妹の成績と志望校を聞かされた、あの夏の日に。

強がりで欲しがりな

「おかえり、お兄ちゃん」
「ただいま。何かいい匂いするな」
「ん、そう?」
「お前、何でエプロン?」
「え? まーたまにはそういう日もあるよ」
「ふーん……、とりあえずお茶飲もうかな」
「あー! ……あ、私も飲むから、ついでに入れてあげる」
 ついに慌て始めた妹を見て、俺はピンと来てしまった。
 だって、この残り香は焼けた生地とフルーツだし、エプロンの裾にはクリーム。そして俺を冷蔵庫に近づけたくないときた。
 おまけに今日は俺の―。
「なあに、そのにやけ顔」
「いや、もうこの歳だし別に」
「そんなこと言わないで素直に受け取ってくれればいいじゃん」
「まあまあ。じゃあ俺は手を洗ってくるかな」
「洗えばいいけど、これは夜だからね!」